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校区となっている山寺地区は、山形市の北東の方角、市の中心部から約12kmに位置している。
東は奥羽山脈を隔てて宮城県に接し、北は天童市田麦及び干布に、西は天童市荒谷に続き、
南は立谷川を挾んで山形市高瀬に対している。
山形市の中心部から学校への道程は、大森トンネル通過か、または、途中天童市を通り抜けて山形市に入る。
歴史的には、貞観2年(860年)比叡山延暦寺座主円仁(慈覚大師)の開基した所と伝えられている。
元禄2年(1689年)、俳聖芭蕉が「奥の細道」で詠んだ「閑かさや岩にしみ入る蝉の声」の名句で全国に知られている。
世帯数は401世帯(令和8年1月1日現在)で全体として漸減傾向にあるが、昭和45年3月から
市街化調整地区となっているため、近年の世帯数及び人口の大きな変動はない。
主な産業は、農業(稲作、野菜、果樹)と観光客を対象としたサービス業であるが、米の生産量は少なく、
白菜、大根、その他そ菜を産し、さくらんぼ、ぶどう、りんご、くり等の果樹による収益が大きい。
昭和62年、地区の中心部に校舎を新築移動し、小中併設校として新たな出発をした。

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1 宝珠の山の緑深く 歴史を刻む岩がねに
我ら思う明日の文化 我ら開く知恵の扉
ああ人生の朝の光よ 清く輝け若い集いに
2 立谷の流れ谷を巡り 真理の泉沸く岸に
我ら強く体鍛え 我ら歌う高い希望
ああ友情の花輪つなげば 力みなぎる若い集いの
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1 朝明け清く宝珠山 緑変わらぬ丘の上
光はここに輝いて 胸ふくらますまなびやは
我らが希望の山寺母校
2 源遠く立谷川 高祖聖が培った
永久なる誠気に受けて 胸とどろかす学舎は
我らが誇りの山寺母校
3 桜並木に 風かおり たがいに励むこの六年
かたく誓って師と我の 胸に刻んだまなびやは
我らが心の山寺母校 |
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